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仙台高等裁判所 昭和61年(ラ)68号 決定 1987年1月28日

抗告人

今野貴石株式会社

右代表者代表取締役

今野正道

抗告人

今野商事株式会社

右代表者代表取締役

今野正道

主文

原決定を取り消す。

理由

一本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるというのであり、その理由は、冒頭記載の訴訟(以下「本件訴訟」という。)の第一審の管轄裁判所について、原告たる抗告人らと被告らとの間に、昭和六一年五月二八日付書面により、原裁判所を管轄裁判所とする旨の合意が存在するので、原決定は違法であるというのである。

二そこで検討するに、本件訴訟事件記録によれば、原審の移送決定がなされた経過として次の事実を認めることができる。

抗告人らは、「1抗告人今野商事株式会社が訴外株式会社北海道ツアープランセンター(以下「訴外会社」という。)に対して貸与した五〇〇万円の貸金債権を、2抗告人今野貴石株式会社が訴外会社に対して商品を売り渡した一五〇万円の売掛代金債権を、各有していたところ、3采女繁則外三名(一名は法人、他の三名は自然人)の被告らが、昭和六一年五月二八日付『念書』により、訴外会社の抗告人らに対する右各債務の合計金六五〇万円とこれに対する利息一〇万円を加算した六六〇万円について、これを、抗告人ら両名と右被告らとの間の準消費貸借に改め、同被告らが抗告人らに対し、連帯して支払う旨を約した」ことを請求の原因の要旨として、被告らに対し、右金員の連帯支払を求めるため、昭和六一年九月一一日、原審に対し、その旨の訴状を提出し、さらに同日、自然人たる被告ら三人に対する訴状の送達先を、その各勤務場所である「北海道網走郡美幌町字美禽二九〇番地の四、有限会社丸繁物産、美幌ドライブセンター内」にされたい旨の上申書を原審に提出した。

原審は、抗告人らが請求原因において主張している金員貸借と商品売買及び被告らが念書により金員の支払を約した各場所、契約担当者等につき、裁判所書記官をして調査をなさしめ、金員の貸与及び商品の売渡を受けた訴外会社が礼幌市内に本店を有し、取引に関与した担当者が訴外会社代表取締役中川原正一であること、右金員貸借と商品売買及び念書による金員の支払約束がなされた場所が、函館市内の同一場所に所在する抗告人らの各営業所であることの調査結果を得たこと、訴状記載の被告らの住所又は本店所在地が北海道網走郡美幌町、同常呂郡端野町又は同北見市内にあること、を総合考慮し、昭和六一年九月二九日、これらの事由を基礎に、著しい損害又は遅滞を避けるため必要があるものと判断し、被告らに対する訴状送達の手続も、当事者双方の意見聴取の手続をも経ることなく、民事訴訟法第三一条に基づき、職権により、本件訴訟を、被告らの住所地又は本店所在地を管轄する釧路地方裁判所網走支部に移送する旨の決定をした。

三前記認定の経過のもとになされた本件移送決定の適否について検討するに、当裁判所は、次の理由により、本件移送決定は違法であつて、取り消されるべきであると考える。

1 裁判所は、原告から訴状を提出されたときには、民事訴訟法二二八条により、裁判長において、訴状が同法二二四条一項の規定に適合するかどうか、法律の規定に従い訴え提起の手数料を納入しているかどうかを審査し、訴状がこれらの要件を具備しているときには、これを被告に送達すべきものとされているのであつて(民訴法二二九条一項参照)、訴状が法律所定の要件を具備するかぎりにおいては、裁判所はこれを被告に送達し、被告との関係において、訴訟係属を生ぜしむべきことを本則としているものである。

そして、本件で問題となつている訴訟の移送に関連する事項は右に述べた裁判長の訴状審査権の対象となるものでないことはいうまでもなく、本件訴訟の訴状が前述した各法条に定める法定の要件を欠如していることは認められないから、原審としては、本来、本件訴状を被告らに送達すべきものであるということができる。

2 訴訟の移送に関する民事訴訟法の諸規定は、少くとも第一審手続に関するかぎり、被告との訴訟係属を前提とするものと解するのが相当である。すなわち、移送の裁判は移送を受けた裁判所を羈束し、また、移送を受けた裁判所は更に事件を他の裁判所に移送することを得ない旨定められるとともに、移送の裁判(及び移送の申立を却下する裁判)に対しては、当事者は即時抗告を申し立てることができる(民訴法三二条、三三条)ものとされていて、当該訴訟がどの裁判所に係属すべきかについて一般的に最も利害関係の深い当事者双方(原告又は被告等)に対し、不服申立をすることができる手続上の地位を認めている。そのような手続上の地位が認められているからこそ、移送の裁判所が確定したときには移送を受けた裁判所はもちろん、当事者双方に対し、羈束力が発生すべきことが正当と認められるのである。それゆえに、移送の裁判は本来被告との訴訟係属が生じたことを前提とすると解すべきである(不服申立をする機会が与えられなかつた当事者―主として被告―がいる場合において、その当事者は移送の裁判に羈束される効果を認めることは相当でないというべきであるが、このことから、逆に、一般的に被告との訴訟係属前になされるべき移送の裁判について、これを肯定したうえ、移送を受けた裁判所はもちろん、被告に対する関係でもその羈束力を認めないというように解すべきではない。けだし、さもないと訴訟の前提である派生的な問題をいたずらに複雑困難にし妥当でない結果をもたらすおそれがあるからである。)。学説の多くが移送の裁判について口頭弁論を開いたうえでなされるか、又は少くとも事前に当事者双方の意見を聴取すべきであると論ずるのも、結局同一の前提に立つといえよう(移送の申立についてその裁判はなるべく早くなさるべきであるといつても、そこに自ら限度がある。)。

3 とくに、本件移送決定は民訴法三一条の「著キ損害又ハ遅滞ヲ避クル為」を理由とするところ、当該訴訟が著しい損害又は遅滞を生ずるかどうかは、訴状の送達を受けた被告の、原告の本訴請求に対する態度いかんに密接にかかわつており、たとえ、原告の本訴請求ないし請求原因から考察すると一見複雑困難な事件のように解せられるようなときでも、通常の民事訴訟法であるかぎり、被告は該請求を認諾し又はその請求原因事実を全部又は大部分自白(いわゆる擬制自白も含む。)すること、その他の事由により事案としては比較的簡単に解決されるべきことがままあることであり、事件の争点および証拠方法のいかんにより訴訟の態様が大きく左右されるものであるから、このことを考慮するときには、原告からの訴状の提出にとどまる段階ではいまだ、原、被告双方―とくに被告―の訴訟遂行に対する具体的な態度が明らかでなく、かつ、訴訟の著しき遅延又は損害を避けるという公益上の見地からの実質的な判断もきわめて困難であつて、一般的に被告に対する訴訟係属前(訴状送達前)において、民訴法三一条の規定を適用して訴訟を移送することは実質的にも甚だ妥当を欠くものといえる。

もつとも、原審は、裁判所書記官をして、本訴請求原因と関連する若干の事項を調査せしめていることは前記のとおりであるが、これも請求の原因に掲げられた各契約等の行われた場所及び被告らの住所地又は本店所在地が原裁判所から遠隔で交通不便の地にあることが明らかにされたにとどまり、これだけでは将来の訴訟の進展の動向、したがつて審理方法の重点の推移を予測し把握することは著しく困難であるといえる。いずれにせよ、この段階における原告に対する調査だけでは本件移送決定について実質的な妥当性を認定することはできないものである。

4 もつとも、被告との訴訟が係属する以前であつても、訴状の記載によれば専属管轄違いであることが明白であるなどの特別な場合においては、民訴法三〇条の規定を(類推)適用して移送することは可能かも知れないが、本件はそのような特別な場合でないことは明らかであるから、右の点について、特に考察する必要はない。

5 以上説述したところによれば、被告らに対する訴訟係属がないうち(訴状送達前)に民訴法三一条の規定を適用して本件訴訟を移送した本件移送決定は違法であるというべきである。

四してみると、抗告人ら主張の如き、本件訴訟について原裁判所をもつて第一審の管轄裁判所とする旨の合意の存否及びそれが専属的管轄の合意なりや否やを検討するまでもなく、原移送決定は違法であり、取消を免れない。

よつて、原決定を取り消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

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